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■掛軸 ・版画他 |
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宗般玄芳 掛軸 『 萬事和合ハ将ニ堪忍ノ嚢トナシ 福寿円満ニシテ子孫モ繁昌ス 』 宗般 玄芳 1848-1922(嘉永元年〜大正11年) 石川県出身 臨済宗 大分県円福寺の住持を経て、 明治41年に京都府紫野大徳寺第486 代管長となる。室号は松雲。 |
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吉井 勇/色紙(額装) 『 またしても誰ヶ袖屏風褒めに来ぬ 宗達好きの祇園会の客 』 1886.10. 8(明治19)〜 1960.11.19(昭和35) ◇明治〜昭和期の歌人・劇作家・小説家。東京芝高輪町に伯爵 吉井幸蔵の次男に生れる。 早稲田大学中退。 1905(明治38)東京新詩社の「明星」に加わる。 1909(明治42)石川啄木らとともに「スバル」を創刊。1915(大正 4)公演されたツルゲーネフ作『その前夜』の劇中歌『ゴンドラの唄』作詞。 作品は歌集『酒ほがひ』・『祇園歌集』、戯曲集『午後三時』 ・『俳諧亭句楽』、小説・随筆など。 |
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藤田東湖 書簡 ■紙本14.5×116p■蒔絵文筥小箱付(痛み、割れ有) 1806〜1855(文化3年−安政2年) 幕末の水戸学者・水戸藩士。 彰考館総裁藤田幽谷の子として水戸藩に生まれる。藩主斎昭を助けて1832年以来藩政改革を担当、藩財政の立て直しに尽力。のち藩内反対派によって失脚、蟄居処分となったが、黒船渡来の難局を迎えて再び出仕、海防の任に当ったが、安政の江戸大地震によって江戸藩邸内で災死。後期水戸学の中心人物。その尊王攘夷論は具体的政治目標を持ち、また自ら海外渡航を考える識見もあったため、幕末の思想界に大きな影響を与えた。 著書に『弘道館記述義』『回天詩史』『正気歌』『常陸帯』など 価格(税込):¥100,000 |
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江戸後期 蒔絵盆(3客組) ■各27×27p、その他付属品等無し ■所々に細かい使用痕が多少あり |
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川瀬巴水 木版画 『 春の月 二宮海岸 』(昭和7年) ★海外で著名であり、国内でも最近さらに注目を 集めている大正新版画の代表人気作家。 当店地元にほど近い二宮の海岸夜景で、 海に松、そして月が美しく描かれています。 1883-1957年。青柳墨川、荒木寛友に師事。白馬会葵橋洋画研究所で洋画も学ぶ。明治43年に鏑木清方に入門。数多くの日本中の風景版画を制作した。 |
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KOQ-211:江戸時代 短筒形 矢立(共箱) ■長さ 約 15p、筆 ・ 墨壷とも使用痕あり 細工・金具等は錆び汚れ等あり 古くから、武士や商人が使用していた、 携帯用筆記用具といったもの。 墨壺に筆を入れる管をつけて一個の用具とし、 携帯の便利を図っています。 この矢立は銃の形という珍しさはもちろん まさに職人作りといった装飾・細工の凝りよう。 「 江戸竹屋 」( 詳細不明 )とある共箱、共布袋あり |
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KOQ-187:一閑張 菱銘々盆(10客組・共箱) ■長径 18p×短径 12p、未使用美品です。 時代詳細は不明(現代の量産品ではありません) 共箱に「友敬」の落款あり 水洗いできる、和紙の器です。 紙とは思えぬほど丈夫なのに、軽くて割れません。 茶道具の菓子器としても重用されています。 一閑張 ・・・一閑張は江戸時代の寛永年間に日本に 帰化した明の学者・飛来一閑が創始した漆工芸技法。 木や竹で作った下地に和紙を張り重ね、日本古来の防 水材である柿渋を塗って仕上げます。 和紙本来の粘り に柿渋が加わり、長年の使用に耐える強さが生まれま す。 一閑は帰化して京都に住み、利休の孫、千宗丹好 みの茶道具を創作、飛来家は千家十職となりました。 |
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